石川眞樹夫先生との話

バッチ自然療法クリニックの石川先生のお話会に参加してきました。
たまたまそういう会があることを、先生のfacebookで知って思わず、申し込み。人数ギリギリだったときいてこれも運命だなぁと。ラッキーでした。そして、先生とお会いすることは2度目で、最初はホリスティック医学協会主催のシンポジウム。
そこで私は石川先生のファンになったことも偶然なのではないなと、今思います。

先生とのお話会はほとんど自然療法おもにレメディの考え方、病とは、心とはといった「生と死」のレクチャーに近い話でしたが、その話はつきることなく深い深い、いや先生にとっては浅いのかもしれませんが、大変興味深かったです。

最初に参加者の皆さんがそれぞれ自己紹介と今日聞きたいことを言って先生からそれについて、言葉をそれぞれいただいて、私自身は当然父のことを聞いたのですが、まぁおっしゃる通り、父には私からの自然治療の話をすることは無意味とわかりました。

それはそれはストンと落ちてきたので大丈夫なんですが、先生の話を聞きながら自分なりにいろいろ解釈して、そしてここ2~3日ずっと考えていたのですが、それは病気と心と治癒の関係みたいなもので、先生が「病気は家族というシステムの中でおこる」という言葉が頭から離れなくなっていて、つまりそれは逆にいうと「病気の治癒は家族という単位で行う」という意味なのかもしれないと思うようにしました。

それから、病気について恐れをもつのは当人ではなく、実は周りの家族や兄弟がもっていてその恐れが病気を作りだしているという言葉にも深く考えさせられました。
それについて自分なりに考えてみると、父のこともお姑さんのことも、今私の中にある恐れは父の治癒の妨げにもなっているだろうし、姑の治癒の妨げにもなりうるのだろうということであり、恐れとは何なんだろうと考えてみると、それは自分が作りだしている観念みたいなものだなと分析しました。

私は何に対して恐れているのだろうか、ということをつきつめていくと、自然とそれがほどけてきて、今の現状を受け入れることができるようになりました。自分勝手なようであるけれども私たちは相手の病気を治してあげることはできない。現状を変えることもできない。だけど、それを受け入れてあげることはできるんだと思うと、不思議なことに病気は治癒の方向へ向かうという確信がもてるようになりました。

そして最後にいえるのは、やっぱり病気は自分で作りだしたもので、結局は自分で治すもの、という意識が本人は理解することが重要だということもわかっています。それに気づくか気づかないかは、経験しかないのですよね。
病気になることも、病気をもつ家族をもつことも、ちゃんと意味があるのだなと思います。

人は必ず死にます。100%の確率で。みんな死にむかって人生を歩んでいます。それを受け入れるということが、まずはとても大事なんだなと思うようになりました。

西洋医学ではない治療について、フラワーエッセンスのアドバイザー良子さんが「バイブレーショナル・メディスン」の本を今さら読んでみるという提案をいただいて、この本は昔、代替医療の授業で使った教科書だったのですが全く遠い話で、久しぶりに手にしてみました。

2016-10-27-07-12-00

そうすると、そこには面白いことが書いてあって
「癒しは(いずれ)物質的身体を治療する物理的方法から精神的/霊的な方法へと移行するだろう。それは魂と精神に調和をもたらすことによって病気の根本原因を根絶する方向へとむかい、物理的な治療法は、治療を完成させるために必要な補助的方法として利用されるようになるだろう。」

という一文です。この本は2000年に発売された本で今から16年前にすでに確信をもってこれを言っていたんだと思うと、著者にも深く感銘をうけました。統合医療はこれからもますます身近になっていくでしょうね。



スポンサードリンク

この記事をシェアTweet about this on Twitter
Twitter
0Share on Facebook
Facebook
150Pin on Pinterest
Pinterest
0Share on Google+
Google+
0


コメントはまだありません

No comments yet.

RSS feed for comments on this post.

Sorry, the comment form is closed at this time.