上杉謙信とたべもの

先日山形の白布温泉に行ったついでに、米沢市をくるりとまわりました。
もうすぐ上杉祭り?というか上杉謙信のお祭りがあるということで準備が行われていました。
歴史に疎い私がその日宿に帰って、宿にあった一冊のファイルを手にとって、その時思ったことを書きとめておこうと思う。

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山形の冬は豪雪と山々に囲まれた土地という環境から、冬は食材を入手することが困難で、その冬を越すためにいかに食材を保存するかという工夫は、昔から行われてきたそうです。
上杉謙信は部下たちに戦に備えた食事をさせるため、常に食には気を使っていたそうで山形の山菜料理はその頃から伝えられているものが多く存在し、郷土料理にはその様々な手法やレシピを垣間見ることができます。

日本は四季があるのと同時に旬があり、季節折々の食事をすることができるのですが、高度成長とともにいつでもなんでも食べられる時代になり、食材のありがたみや大切なものを失いつつあるのではないかと思いました。

昔は戦のために、あるいは「生きるために」食があり、それがすべてだったのではないだろうか。そう思うと現代は簡単に食材を捨て新しいものを買う、パッケージされた食材たちは、どうしてそれが出来るのか、どうやったら育つのか知る由もなく、そして食材の本来の「味」を知ることが出来なくなってしまっているように感じます。

本当は「食」は生きるためになくてはならないのだろうと思う。こうやって書くと、当たり前なんだけど生きる為に「食材」は存在しているべきなんだろうと思います。
その時その時必要なものを必要な分だけあればいいのだと思う。「生きるため」だけにあればいいのだと思います。
本来「食」ってそういうものだと思うんですね。

だから私もお店で出す料理は「その人のため」であって「身体に必要なもの」でなければならないと思いました。

山形の旅は、飲食を生業とする私にまた大きな決心をひとつ与えてくれました。
これまで興味のなかった上杉謙信さん、忘れずに心にとめておこうと思います。

お客様が「食べる」ものが、生きるための何かになってくれたら幸せですね。



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