記憶と意識と治癒について

先日、Facebookのとあるフィード(動画)を見ていたのですが、ある映像をみた有名な映画監督さんが、「この映像をみて、ある人を思いうかべた」という会話を制作会社の方としているシーンでした。
その映像とは、CGで作ったゾンビのような映像で、それは悍ましい何ともいえない映像でした。

作った制作会社の人が 「コンピュータでは今はこんな動きができるのです」と映画監督に説明していましたが、きっと技術的なスキルを説明したかったのだと思いますが、その映画監督は、「とある障害を持つ友達を思い出した」と述べたのです。

映画って思うには、その映画を見て、わくわくするような創造を掻き立てられたり未来に希望をもったり、何か心や身体に響くものでなければならないって思うのですが、それがマイナスのイメージになってしまっては、きっとその監督の求める世界ではなかったのかもしれません、
その想像するものが自己の持っている経験や記憶をより良い方向へ導くものであれば、映画は生きていくうえでたくさんの人に観てもらうべきもの、なんでしょうね。

そう考えると今、これから目にするもの耳にするもの、五感で感じとる経験、体験はなるべく「いいもの」の方がいいわけです。(いいもの、という定義があいまいですが。。)
それはこれから病気をしたりケガをしたりしたときの自己治癒力にもかかわってくることで、イメージをどれだけ良いものを持ち続けるかで回復力が変わってくるともいえると思います。つまり「意識」というものが大切になってくると思うのですね。

若い人はたくさん経験したほうが良いと思います。でもそれはなるべく自然に近いもの、嘘やフェイクのものではなく、真実に近いものですね。そこからたくさんのことを感じとることが大事だと思いました。
そして私のようにある程度歳を重ねた人は、これからはこれまで経験した、体験した、記憶や感情を取捨選択していく時間になるのでしょう。
例えば失敗も学びの一つ、ですからこれからの人生によい思考として残していく、でよいと思います。

ある映像をみて、どう思うかはその人の経験値、体験、その時にどう感じたかどう捉えたかによって、全く異なってくるものです。そしてそれは「トラウマ」というものにもかかわってきます。
思考というものは本当に身体や心に大きな作用をもたらします。
そういう意味では偏りのない、なるべくたくさんの情報を五感で感じることが大事です。
たくさんの人と話しましょう、たくさんの人の話を聞きましょう。
本心、本音、真実、を見抜く力を養いながら。



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