父のこと-3

今朝は5時に目覚めてしまった。今日は児童デイのお仕事。
昨日は保護者会だったそうで。。。すみません、すっかり忘れていました。というかスケジュールに入っていませんでした。
というか、それどころではありませんでしたー。(__)

2015-05-28 15.31.04
もうアジサイの季節も終わりですね。

しても仕方ないんだろうけど、朝、手にとってしまう携帯。ネット三昧、朝はやめようと思いつつ。何かいい情報ないかなとみてしまう。。
兄弟姉妹のLINEグループに1本投稿。そして朝ごはんを作る。

7日の日、検査した大学病院に家族全員よばれて、主治医の話をきく。
治療は3つ。手術で全摘。あとはおすすめしないが、化学療法と放射線療法がありますと。
あ~後者の2つは絶対やだなぁ・・と。生存率が高いのは手術。しかし大切な声を失います。ただ食事は普通にできますと。
食道の一部もとるので、腸の一部を移植して縫ってと10時間の大手術。時間と場所をおさえるのに限られたスケジュールを伝えられました。リンパの転移も気になるから、そう時間も待てないし家族で考えて結論をとのことでしたが、恐らくまだ生きたいと思っている父は、迷うことなく手術を選ぶだろうと思っていたし、電話では化学療法はやらないで欲しいと伝えていたし、ところがびっくりしたのが父が、「声を残したい」といったことでした。

声を残すには抗がん剤とか放射線しかないのですが、抗がん剤は父の年齢からして難しいと言われました。もうひとつの放射線は、当病院よりもがんセンターとかでやった方が早いかもしれないとのことで、名医がいるだろうし他の医師からも意見を聞きたく、癌センターの頭頚科を紹介してもらう。予約はなんと次の日。早い~。

私は同行できなくやっぱり姉に付き添ってもらう。今回のことで姉も妹も本当によくやってくれている。

金曜日、がんセンターに行く。妹も一緒に同行してくれた。同じ市内に住んでいるから心強い。

そして姉からLINEが入る。
「診察終わった。切る以外に方法はないって言い方だったよ。抗がん剤はこの歳では使えないってはっきり言われた。放射線ていう方法があると言われたから来たといったら、じゃあ放射線科の先生の話を聞いてきたら?ぐらいの態度で言われた。同じこと言われると思うけどねって感じ。とりあえず放射線科にいってくる。放射線治療して生きている人は1人もいないって。やはり腫瘍の大きさがすごいからみたい。放射線やった人は結局きることになるって。手術は5,6週まちだって」

その場に私がいたら100倍にして返していると思う。憎らしい言い方。けど決断できるようにはっきり言ってくれるのは良いのかもしれないと後で姉がいっていた。父はその時点でもう話をきかなくていいかと、落ち込んでいる様子だったらしい。

そして数時間後に姉からLINE。
「放射線科の先生から話を聞いたけど、外科の先生とほぼ同じ意見だった。」
やはり父の場合は大きさがネックみたいだ。それを考えると地元のクリニックの雑な診察に後悔がつのる。もう今言っても仕方がないんだろうけど、私が思うにそのクリニックは個人的感情から言わせてもらうと、「咽喉科」って語れないんじゃない?耳鼻科だけにしたら?いえ、あなた!医師とも語れないんじゃない、もう一回勉強しなおせば?と言いたい。もう言っても仕方ない。

あとはカンファレンス待ちで答えは来週となりました。その前にもう一度家族会議。7月10日にみな、集まる。その間にいろいろな治療方法や書籍を探す。ありすぎて、ありすぎて疲れる。どれを信じたらいいんだろう。。。

そして日曜日。家族集まる。声帯を切らずにすむ方法を模索する。歌手のつんくさんもきっと探したんだろうな、そして希望をもっていた。でも癌は再発していた。手術で声を失ってしまった。生きる為。

きっとみんな探している情報は同じなんだと思う、医者だって持っている情報は同じだと思う。
重粒子線治療だって、日本にはまだ3つの施設しかない。保険もきかない。でも父は希望をもっている。生存率は手術より少ない。けど父は希望をもっている。だから
なんでも聞いたらいいと思う。恥ずかしいと思わずに、自分にそれは出来ないのかとことん納得いくまで探して試してみるべき。

私はやっぱり食事療法、温熱療法、免疫療法、とか栄養療法とか分子量子学とか、それで癌が消えてくれたらと思っていたけど、どの癌にもそれが適用できるのか分からなかったし、父に軽く情報を伝えるしかできなかった。

癌治療は本人が治ろうとする「気」からスタートする。
癌は外からふっと入ってきて出来るのではなく自分がもっている細胞が癌化するのです。放射線で自分を痛みつける方法なんてぞっとします。
でもなっている本人が選び決めることなんです。家族はできるだけのサポートするのみ。
誰かが何かしてくれて治るのはなくて「治るちから」を本人がもつことなんです。

自分のカラダは食べたものからできています。自分は自分で作り上げたのです。

今さらだけど本当にそう思うのです。



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