QOLとはなんでしょう-父のこと-5

QOL、クオリティ・オブ・ライフについて考えてみる。
生活の質(人生の内容の質や社会的にみた生活の質)という意味ですが、人それぞれ観点が違うと思うから、私なりの感じたことを書きとめておこうと思う。

ウィキをざっくりまとめるとQOLは
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患者が自らの理想とする生き方、もしくは社会的にみて「人間らしい生活」と考える生活が実現できること
患者が自身の尊厳をより保ち得る生活の実現を目的とした援助が重要であること
たとえば治療行為に伴い生じた運動・視力・食事・排泄などの障害には、それぞれに何らかの合併症名が与えられるが、障害の程度には総じて「QOL の低下」と表現される。
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癌の手術が成功して、転移もなくて退院できて家で過ごすことができても、まず声が出ない、永久気管孔という喉のところに「穴」があき、呼吸が今後口や鼻では出来ず、穴からすることになる。当然、匂いは分からない。焦臭い臭いとかガスもれなど気づかないことがある。永久気管孔は穴はふさぐことができず見せないようにする工夫はできても、咳や痰はそこから出すようになる。痰の吸引は1人ではできないだろうから、家族の介護が必要になる、御風呂もお湯がそこから入らないようにする。常に清潔にしておくなど、簡単なようで簡単ではない、父には衝撃的な告知でした。

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癌などの治療選択や治療評価においては、生存率や縮小率などを指標とする場合が多いが、予後の QOL を考慮していない場合もある。 患者の立場からは、QOL も考慮されることが望ましいが、医療機関や医師、患者本人との価値観の差異などもあり、具体的に言及されることが少ない。最近は、インフォームド・コンセントの普及に伴い QOL の概念が重要視される傾向にある。
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私も深く同意します。そうなんです。医者はQOLなんて考えていないですよね。「生存率」すべて数字で判断します。それはいいのですが、手術によって生活がいっぺんする。手術によって生活が奪われる、私はそう思いました。
今は元気に歩いて、しゃべって、ある程度は飲みこめて(流動食ですが)、こんなに元気なのに、手術によってあったものがなくなる、そのものがあまりにも大きすぎると思いました。
癌は全部とりました。でもあれもとりました。これもとりました。念のため。。あまりにも犠牲にしたものが大きい。今の医療はそうならざるを得ないのかなって。

主治医は手術のメリットは話してくれますが、デメリットについてはほとんど話してくれませんでした。2つの病院ともに詳しく話してくれた記憶がありません。「声を失う。ただ食事は普通にできます」それだけしか聞いていません。だから手術がいいのか、他の療法がいいのか、決めるための検討材料がほとんどなかった等しかったです。
父は医者に誘導されるように「手術」と決心したように見受けられました。
決心してそのあとに、手術による後遺症を「看護師」さんから入院の説明とともに聞きました。
その時、父は何を思い、どう感じたか私にはわかりません。ただ納得していたようには、とても思えませんでした。

生活がいっぺんする。それは癌だからでしょうか。
そうではない気がする、そう思った私は、それからやっぱり情報集めに没頭していました。

家族が癌になるということは、こういうことなんだなと実感しています。
負けてたまるか!

2016-03-20 20.26.40
2016年3月に喜寿のお祝いしたばかりだよ。



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