治療開始-父のこと11

台風がきてまた台風がきて、、病院にいくたびに雨とか天気の心配。そんな8月ももう終わり。
兄弟姉妹が4人いるってことは、本当にいいことだと、親が病気になってから今さら知る。
みんなちゃんと仕事をしながら、子育てしながら、父のこと一生懸命守っています。泣けてくるー。

それよりも何よりも一番驚いていることは、80過ぎた母が毎日のように病院に通い詰めていること。
毎日はさすがにキツイけど、体力も気力も今はあるようで、脚を手術してから(ボルト入っています)も、元気に歩いて自分のことはちゃんとしているようで、姉のチカラも借りながら、元気でいてくれることがありがたい。そして父の病気を乗り越える糧にもなっていると思う。

昨日は母を連れて病院へ。実家から車で30分という近いところで何よりです。電車やバスだと1時間かかっちゃうからね。
それでも母は電車とバスを乗り継ぎ、一人でもカートを押しながらやってくる。すごいなー。
そして入院している父の洗濯物や何やらを世話している。その姿をみて「あー夫婦だなー」と思う。

父の放射線治療2回目。
昨日初めてやってみてどうだった?ときくと、口の中がネバネバしていて、何も口にしたくないっていってた。
今は胃ろうになってしまったので、ほとんど口から何もとっていない。点滴と胃ろうで液体だけが体内にはいっていく。

たべものとはなんだろうと、すごく考えさせられる。
人は「食べる」という好意ですべてが成り立っていると思う。西洋医学で手術という選択もできただろう。それは「声を失うけれども」「食べる」というQOLを残した選択だった、それは考え抜かれた治療法なのかもしれないと思った。
放射線の副作用は、唾液の分泌が低下して喉が焼かれるので痛みがあり、ただれて口内炎が発症しやすくまた感染症にもかかりやすいとのことです。よって口から食べられることが出来なくなる人もいて、人によっては結局放射線の後に喉から食べものを通す手術をする人もいるのだという。私たちは頭頚科の先生に脅されるように言われました。

放射線後の手術はかなり困難で、しかも癌を完全にとりきれる保証がなく転移があったりした場合も手術は非常に困難だそうです。
だから最初の治療法の判断はよーく考えないといけない。ない頭をフルにしぼって、ありとあらゆる情報を探して吟味して、そして選択して決めるということ。それに2か月も要してしまった。しかもそれが本当によかったのか、分からないでいる。

父は治療が終わったら「食べたい」といっていた。食べられるということは本当に幸せなことなんだと思う。
それが出来て初めて「人間らしい」生活の第一歩なのかもしれないなと思った。

液体だけが時間通りに体の中に入っていて、食べものの色や食感、味覚、嗅覚、そういうものを感じる事が出来ない今、食べるという行為がすべての健康を担っていると思うんですね。
だから父は「絶対元気になる」と言っていました。体力も自信があるといっていました。

病は気からって、、、、そういって笑顔で言って、今日は私たちはエレベータで父とわかれました。
退院はいつかな。。

またスープを作って送ってあげたい。
2016-07-22 17.11.11



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